二月を走りきったAさん
がん末期のかた。病院からのご紹介で私たちと弁護士と契約を結んだ60代女性。治療を中止したしたとたん、転院を余儀なくされました。独居なので自宅へ帰る選択肢はない。急遽、ホスピスの代理面談を求めてあちこちへ電話。直近は3月の面談です、などの声の中、一枠だけ空いてます、明後日ですがその前にご本人のデータが届ていれば、のお話をしてくれた病院がありました。
急ぎ翌日のデータ届けとなりました。病院から病院へスタッフがデータをもって走り、何とか一枠だけ空いていた面談日に滑り込みました。面談は相談員や医師や。ダメもとで「明日の転院を」と頼んでみました。前日届けたデータで予後が厳しいことはわかっていた病棟で、願いが叶い、翌日の転院が決定しました。
そこから再び入院中の病院へ行き、相談室、連携室に報告し、転院準備を。ご本人は意識レベルが低下していましたが、「明日〇〇病院へ転院しますよ。がんばろうね」と声をかけると、しっかり頷いてくださいました。
翌日の転院は民間救急で看護師同乗。酸素と点滴がついたまま。無事に転院先に到着することだけを祈り、はらはらしながらやっと到着した緩和ケア病棟は、医師、看護師、相談員の皆様が大変暖かく迎えてくださいました。その日から4泊5日の短い入院期間となってしまいましたが、ご友人や職場の仲間とも話ができて、最期の貴重な時間を過ごすことができたことと思います。
私たちは最後に残された納骨、ご両親と一緒に永代供養をというご依頼をこれから果たします。亡くなられた日、看護師さんたちがご希望通りに和服に着替えさせてくれて、お友達がメイクをしてくださって、豪華なお花があふれそうな棺の中で旅立ちができました。
2月の一か月間を皆で走りとおした気がします。皆様に感謝です。

